沖縄県護国神社について

沖縄県護国神社の由緒

沖縄県護国神社の由緒

当神社は、昭和十一年に招魂社として創建され昭和十四年に護国神社と改称、昭和十五年七月に内務大臣指定護国神社となり、県社相当の社格を与えられました。

日清日露戦争以降、先の大戦までの国難に殉ぜられた沖縄県出身者の軍人、軍属をはじめ、沖縄戦にて散華された一般住民並びに本土出身の御英霊を祀る神社です。

昭和十五年、那覇市による皇紀二千六百年を祝う筆頭事業として護国神社の社殿・施設の拡充が計画され、昭和十六年九月本殿改修工事が終了し、同時に拝殿、神饌所等も建立されました。
しかし、昭和二十年の沖縄戦により神社も戦災を被り、戦後は本殿ほか一部の施設のみを残す状態でした。

その後境内地は学校用地として一時供用されましたが、沖縄戦での戦没者をお祀りしようとの声が県内各地から起こり、昭和三十四年四月に仮社殿が建立され戦後第一回春季例大祭を斎行しました。

同年十一月に靖國神社により沖縄戦にて散華された全国の御英霊の御霊代が奉移され、同神社権宮司池田良八氏を斎主に第一回秋季例大祭を斎行しました。

昭和四十年十月、社団法人沖縄県護国神社復興期成会(会長具志堅宗精氏)の尽力により、現在の本殿、拝殿が竣功し、十一月に天皇陛下から幣吊を賜り、還座祭並びに奉祝祭を斎行しました。

昭和四十七年五月の沖縄本土復帰を機に県へ宗教法人認証申請の結果、昭和四十八年十二月十八日宗教法人沖縄県護国神社として認証されました。

その後県民の神社として崇敬を集め、多方面からの奉賛を戴き、念願であった新社務所えお、平成二十二年十二月に完功しました。

那覇市奥武山 沖縄県護国神社

宮司挨拶

今年(平成三十年)三月二十七日から二十九日にかけ、天皇皇后両陛下におかれましては、先の大戦にて散華された戦歿者への慰霊と日本最西端の与那国島へ行幸啓遊ばされました。報道によれば、今回のご訪問は陛下たってのご希望で実現されたとのことでした。

今上陛下が初めて沖縄を訪れになられたのは皇太子時代の昭和五十年七月十七日から十九日にかけての沖縄海洋博覧会開会式に際してでした。
以後、皇太子として四回沖縄をご訪問されました。

そして、平成五年四月二十三日から二十六日にかけ、御即位後天皇陛下として初めて沖縄を行幸啓遊ばされ、以後五回にわたり沖縄へご訪問されました。

両陛下が沖縄へご到着されますと、まずは糸満市摩文仁の平和祈念堂と国立沖縄戦没者墓苑に足を向けられ慰霊参拝をなされます。そこでご遺族方のお出迎えをお受けになられ、次の予定地へと出発されます。
今回も沖縄県遺族連合会宮城篤正会長ほか御遺族十五名がお出迎えをし、元遺族会会長で当神社役員でもあります照屋苗子氏へは、両陛下共に親しくお声掛けがなされてました。

このように、天皇皇后両陛下におかれまして戦歿者を慰霊が最も大切なこととされており、戦歿者をお祀りする当社へも、思召しを以て幣饌料が御下賜されました。
つきましては「天皇皇后両陛下幣饌料御下賜奉告祭」として六十回目の春季例大祭と合わせ護国の大神が鎮まります本殿内へと幣饌料をお供えし、御奉告しますことを皆様にお伝えし、宮司挨拶とさせて頂きます。

沖縄県護国神社 宮司 加治順人

主な祭典

沖縄県護国神社では、慰霊顕彰の為 様々な祭典を行っています。

  • 春季例大祭(四月二十三日)

    春季例大祭(四月二十三日)

  • 秋季例大祭(十月二十三日)

    秋季例大祭(十月二十三日)

  • 戦没者総合慰霊祭(六月二十三日)

    戦没者総合慰霊祭(六月二十三日)

  • 終戦記念日みたま祭り(八月十五日)

    終戦記念日みたま祭り(八月十五日)

アクセス

沖縄県那覇市奥武山町四十四番地

電話番号 098-857-2798


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