沖縄県護国神社の由緒

 沖縄県護国神社はもと招魂社と称し日清、日露の戦役以降国難に殉ぜられた御英霊を奉斎し、昭和十五年七月一日内務省令第四〇七号を以て指定護国神社となった。

 しかし、昭和二十年四月の米軍上陸作戦にて戦災を被り社務所を残し本殿、拝殿が焼失した為、昭和三十四年四月に仮社殿を竣工し、戦後第一回の春季大祭を斎行、また同年の秋季大祭には靖國神社から御霊代を奉移し、靖國神社池田権宮司外四名の神職奉仕のもと、厳粛盛大な祭典が斎行された。

 昭和四十年十月に沖縄県護国神社復興期成会の尽力により現在の本殿、拝殿が竣工し、同年十一月十九日遷座祭、二十日二十一日には天皇陛下から幣帛が御奉納され北白川祥子様、坊城神宮大宮司、佐々木神社本庁統理、筑波靖國神社宮司夫妻、全国知事会代表木下大分県知事が参列され池田靖國神社権宮司外八名の神職により奉祝祭が斎行された。

 御祭神は郷土関係靖國の御英霊をはじめ、先の大戦にて郷土のため敢然と立ち向かわれた郷土出身軍人軍属並びに、沖縄方面作戦にて殉ぜられた本土出身の御英霊を合祀するほか、戦争の犠牲となられた一般住民、遭難学童及び文官関係戦歿者のみたま、合わせて十七万七千九百十二柱をお祀り申し上げている。

 主な祭典として、春秋の例大祭と六月二十三日の沖縄戦戦歿者総合慰霊祭、八月十五日のみたま祭りのほかに毎月一日、二十三日に月例祭を斎行する。

                                                                                                                    那覇市奥武山 沖縄県護国神社





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2017年08月

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